月下星群 〜孤高の昴

    “気ままなホウキ星は果たして迷子と呼ばれるか”
  


 余程のこと、影響が大きな“世界的宗教”だという現れか。それへとまつわる宗教行事は、どんな港に行っても見ないでは済まないほどで。けれど、何たって主宰たる御方の生まれた年から始まるとされてる暦が、世界標準のそれとして使われているほどだしと航海士さんが口にしたところ、こういうことへの造詣の深さでは誰も敵わない考古学者さんが、あらあらと苦笑して見せて。
『それは微妙なところかもしれないわよ。』
『あら、どうして?』
『たまたま英語圏の国の勢力が強くて、そこに追随しての経済活動をする上で勝手がよかったから。だから、そうと変わって行ったと見た方が背景としては正確だから。』
『あ、そか。』
 商売のネタに良いからって便乗して、それが定着したっていう、そういう理由での方が、食いつきも良いだろし伝播も早いことだったでしょうねぇと。人間のちゃっかりしているところへ、苦笑をもって“成程ねぇ”という納得に至ったのはごく一部の方々だけで。

 「わぁああっ、ルフィ、見てみろ見てみろっ!」
 「おおおっ、凄げぇっっ!」

 水平線の上へ島の全景が視野に入ってどれほど経つか。警戒の強い島ならば、そろそろ海域臨検の船だとかが徘徊している海域に入るかなというほども接近したところ。それに気づいたのは、見張り台のウソップよりも甲板にいたチョッパーの方が先だった。乾いた冬の陽に照らされた、港の輪郭や大きめの建物が何とはなく形を示し始めたという程度で、近づいたと言ってもまだまだ距離はずんとあるってのに。常緑樹の濃緑の上や真っ赤な垂れ幕に飾られた、ランプや電飾、金銀の飾りつけがきらきら光っているのが見て取れて。
「でっけぇクリスマスツリーだなぁ〜〜〜vv」
「港にあんなデカイ木が生えてるんだ。」
 幾つかある桟橋や埠頭の根元のあたり。この距離でもそれと判るほどの大きさの、オーナメントや金銀のモールで飾られたクリスマスツリーが、威風堂々と立っているらしく。大きな眸をお揃いでキラキラと。感動の余波にてきらめかせているお子様が二人、幅のある船端に乗っかっただけじゃあ足りないか、大きく身を乗り出すようにして眺めているのへと、
「バカ、お前、見張りやぐらや灯台代わりにしたっても、そんなんがああまで港の真ん中にあったら、荷の積み降ろしには邪魔でしょうがねぇだろうがよ。」
 口は悪いが面倒見はいい、新参の船大工さんが伝法な口調で注釈を入れる。バカとは聞き捨てなんないぞと、お子様船長がぶうぶうと口を尖らせ、
「じゃあ、あの木は何なんだ?」
 威張る以上は説明しろよと、船医さんともども、勢いつけての訊いたらば。
「大方、今の時期だけの飾りもん。どっかから切り出して来たのが置いてあんだよ。」
 そんなことも分からねぇとは、やっぱガキだなぁと。言わずもがなな一言を付け足した、相変わらずの彼だったけれど、
「そやって生木だって凄い凄いって素直に信じちまえる奴がいるんだ。よほどの労力が要ったろう大仕事も、切り出された樹のほうも、報われるってもんだろよ。」
 微笑ましいこったとやんわり目許を細めた彼には、少々勢い込んでたお子様二人も、
「あや…。/////////」
 気勢を削がれての照れるしかない。信仰心からってのも根本には勿論あろうが、

  ―― ビックリしたでしょ? もっと近くまで見に来て来てvv

 大方そういう宣伝のための飾りつけ。けれど、喜んでくれたらそうした甲斐もあるからと、はしゃいだ子供たちの面目もさりげなく立ててやる。丸く収まるような言いようが出来るところが、そこはやっぱり、それなりの遍歴を舐めてきて今に至る“大人”だということか。

 「という訳で、いぇえぇ〜〜〜いっ!
  週明けには楽しいクリスマスっ!
  いい子には はりきりサンタが枕元まで来てやって、
  ハッピーなナンバーでダンシング披露してやるぜっ!」

 「おーっっ!」

 腰の据わりも軽快に、ちょこっと奇妙なダンシングをご披露くださる“おまけ”さえなければ、
「人として完璧なんだけどもねぇ…。」
 やれやれと肩をすくめるナミの傍ら、
「でも、ウチのクルーとしては合格なんじゃない?」
 目許を細めるロビンお姉様だったりし。確かに…破天荒だったり、どっか何か足りなかったりするのは、いざという時に発揮される信じられない頼もしさとの相殺なのかも。だったら、成程、ウチに居るにはちょうど良いのかも知れないかと。広々とした甲板で始まった、どこか奇妙なノリのダンシングへ、困ったように笑ってしまう、女性陣だったりするのである。





          ◇



 その始まりは敬虔なる宗教行事であったはずだが、それに乗じて…幸せを噛みしめつつ騒ぎましょうという傾向も否めないのがクリスマス。そんなムードのせいだかどうだか、沖の方に本船は停泊させてのこそりとした上陸を構えずとも、補給に来ただけ、町を襲うというよな物騒な事は致しませんとの上申さえあれば、海賊であること、見て見ぬ振りをしての入港を許可してくれて。
「これが、海軍に哨戒を任せているような港だったら、通らない話だったのでしょうけどね。」
「そうね。どれほどの袖の下をもらったとしても、バウンティによっては出る被害も多大でしょうから、割が合わない結果になりかねない。」
 グランドラインのこうまでの奥向きまで入ったその上で、生き残っている海賊ともなれば。我らが麦ワラ海賊団のようなお気楽な手合いは奇跡に近く。懸賞金も桁外れの、残虐なモーガニアでもなきゃあと思われがち。
「でも、自警団のおっさんたち。な〜んか馴れてなかったか?」
 フランキーの助手にと駆り出され、船のあちこちの点検に勤しんでいるがため、こたびは上陸しなかったウソップが。ここの埠頭までを案内してくれたご一行のことを持ち出したのは。魔の海グランドラインの中盤から向こう。新世界と呼ばれる後半の海の取っ掛かりだってのに。仕舞い損ねた海賊旗を見た上で、補給ですか?と向こうから声をかけて来た。自警団らしい巡視船が、妙に物慣れていて及び腰じゃあなかったから。一体どこの何の器具なのだか、銀色にメッキされた輝きも神々しい、妙な形のパイプを丁寧に磨いている狙撃手さんのお声へと、
「それがね。」
 気さくに話しかけてあれこれ聞き出したらしいナミが言うには。ここいらが生まれ故郷だというようなクチの、自警団が何を間違えたか海賊に転向してしまったというよな連中もこの近海には居るそうで。
「ちょっと遠い土地の産物と一緒に、生きの良い情報も持ってくる彼らだから。本当にやばい連中への警戒もしっかり取れてる。あたしたちの評判も、海軍から出されてる警戒せよとだけのものよりも、もっとずっと信憑性のあるのを仕入れ済みなんですってよ?」
 今時には珍しい、非道な海賊にしか牙を剥かない“ピースメイン”。冒険したくて船出したような面々の船だから、妙な警戒しないで良い。多少ははしゃぎ過ぎての騒ぎも起こすかもだけど、それこそお巡りさんへごめんなさいが言えるような連中だからと、

 「…誰がどこで何を見たんだか。」

 違うとまでは言い切れない、何とも即妙な評価へと。口元が引きつってしまったことをまで、思い出しての苦笑い。貫禄や威容がないってのも何だかねぇと、当初は閉口してもいたこと。でも今は、そんなやんちゃなお顔をこそ、一般の方々からは親しまれてもいるらしく。残虐な鬼と死神よと、謂れのない評を受けての嫌われるよかマシかなんて、和んだお顔になったナミさんが、

 「で。その、お巡りさんへごめんなさいが言えるような船長は、どこ行ってるの?」

 食料の補給にと町へ降りてったサンジや荷物持ちにと同行したトナカイドクターさんはともかくと、良いお日和に暖められた芝生のはられた甲板を見回した航海士さんへ、
「さあ。」
 ウソップも覚えはないのか、肩透かしな声を返すのみ。
「ゾロが刀鍛冶を探しに降りてったのは見たが。」
「…戻って来れるんでしょうね、全員。」
 言語に絶する修羅場の頼もしさを…そういうしょむないことで相殺するかと、その場に座り込んでのほとほと呆れるくらい。日頃のなんでもないシーンではどうも心許ない連中で。特に、方向音痴の誰かさんとか、目的が定まらぬうちから闇雲に飛び出してく鉄砲弾さんとか、妙に機動力だけがいい面子がいる陣営。
「まま、何となればチョッパーに嗅ぎ出してもらうけど。」
 お鼻の利く仲間が増えてよかったことと、安堵もしたがそれと同時、
「こんな海賊団の船長が海賊王ですって?」
 いかにも腹に力が入ってませんという言いようで、鼻で笑ってしまったナミさんだったりするのである。



  ………………………で。



 信仰心からというよりも、それにかこつけてというのが見え見えな。赤と緑のクリスマスの飾りつけも華やか賑やかな雑踏も、ここいらでは少々途切れた感のある、港寄りの一角で。刀鍛冶は見つからず、ま・いっかと市場の見物を続けようと構えてて。なのに、港へ戻ってしまっている誰かさんへと目がけ、

  「…………ぞろ〜〜〜〜っ。」

 ドップラー効果の尾を引いて。遠い遠い彼方から、勢いよく飛んで来た誰かさん。そりゃあお見事にも的を外さず、相手のお顔へばふっとしがみついて止まったところは、それがそもそものゴールだったのならば“大当たり〜っ”と鐘が鳴っても良いほどのストライク。一応は軽いジャケットを羽織っている、その懐ろというか腹のところに相手のお顔を抱きすくめ、
「捕まえたぞっ♪」
 しっかと抱きついて嬉しそうに言い切る方も方ならば、

 「ルフィ、前が見えんぞ。」

 ぶつかった瞬間こそ、その上背がわずかに後方へ反っただけ。途轍もない強さと粘りの腰がものをいい、吹っ飛ばされることもなくの、とりあえずの苦情を口にする落ち着きようがまた、こちらさんも只者じゃあない取り合わせ。周囲に誰もいなかった訳じゃあないものの、とりあえずは誰も巻き込まれはしなかったから。人通りの少ないところでよかったことよと、自分へ抱きついたままな“人間ロケット”船長さんの、薄い背中をポンポンと叩いてやり。やっぱり動じぬまま、そこから降りんかと促してから。
「なんだ、この大急ぎっぷりはよ。」
 お前、確かサンジの後を追っかけてったんじゃなかったか? ウチではクリスマスよりも、その前の日に生まれたトナカイドクターのお誕生日の方が大切だから。そのためのお買い物、彼が大好きな苺のショートケーキとオムライス用の、新鮮玉子を山ほど買い占めにゃあということで、それ以外への荷物持ちにとのご指名がかかっていた筈だろうがと。さすがは副長、船長の動向にはさりげなく詳しかったりした剣豪さんへ、

 「そのチョッパーが迷子になった。」
 「はあ?」

 少しだけ腕を緩めて見下ろしの、極めて大真面目なお顔で応じたルフィだったりし。小麦に玉子に生クリームに、パスタに野菜に、牛鷄豚とりどりの肉と、それからそれから、香辛料と。

 「その こーしんりょとかいうのの店は、チョッパーにはちとキツイからって。」
 「ああ香辛料な。」

 鼻が利くということは、引っ繰り返せば…強い匂いは大音量のグラムロックみたいなもの。好きか嫌いか以前に感応器を潰しかねない威力のそれだったのでと、店から離れていたものが、
「ちょっと眸ぇ離したら姿が見えなくなっててさ。」
 それで探してる最中だと、大威張りのルフィだったりし。薄い胸をば むんと張る、船長さんの稚
(いとけな)さへ。
「〜〜〜。」
 ついつい苦笑をしたゾロだったのも しょうかたないほどの、いかにもな背伸びっぷりではあったれど、

  何だよ、そんな笑ってよ。チョッパーが心配じゃねぇのか? ゾロ。
  いや、いなくなったってのは心配だがよ。

 「もしかして、はぐれたってのはお前の方じゃねぇのか?」
 「あ?」

 考えてもみな。チョッパーは鼻が利くんだ。ああまでの水の街、ウォーターセブンで、しかも嵐の前の大雨ん中ででも、俺やお前を捜し回っての結果とうとう見つけた奴なんだぜ?
「いつもの伝で、大人しく待ってりゃ向こうから来てくれる。走り回る方が却って混乱させる元ってもんだ。」
 匂いなんていう覚束ないもので、自分たちを探り当てられる“メカニズム”の方は、あいにくとよくは知らないが。実績がたんとあること、だから信じられると微笑う、雄々しき剣豪様へ、
「う〜ん。でもな〜。」
 踏ん切り悪くも納得しない船長さんへは、
「お前じゃねぇんだ、迷子って心配は要らねぇって。」
 余計な一言、付け足したものだから。前からしがみついての、肩口に逆肩車態勢になったままでいたルフィがたちまち膨れてしまったり。
「あ〜〜〜っ。もしかしてゾロ、俺もゾロ並みの方向音痴だって思ってねぇか?」
 俺は単に、当ての場所を確かめねぇまま闇雲に駆け出すだけなんであって、
「だから俺は、方向音痴じゃねぇぞ。」
「判ったから、いい加減に降りな。」
 というか。そこまで判ってんのなら改めないか、こんのお騒がせ船長さんが。
(苦笑)

 “それだって立派な方向音痴じゃねぇのかね。”

 サンジとのいがみ合いでは、語尾を跳ね上げるようにし、ムキになっての激嵩して怒ることも多々あるくせにね。ルフィの言いようがあまりにも、小さな子供の屁理屈のような かあいらしいものにに聞こえたか。くつくつと喉奥を鳴らし、いかにも男臭い笑い方をするゾロだったのへ、
「〜〜〜。////////
 畜生め、カッコいいじゃねぇかと、何でだか むうとむくれつつ。頑丈な首が支えていて微動だにしない頭に掴まってのとりあえず、肩にまたがっていたのを腰へまでとずり下がった船長殿。そこからはどうやら降りるつもりはないらしく、でかい猿を連れてのお散歩みたいな案配で、剣豪さんの側でも意に介さずに歩き出す。さしたる重さじゃないという点では意に介してないけれど、

 「どうしたよ。」

 自分でも言っていたように、それがどこにあるのかまで、確かめる暇まさえ惜しんで駆け出すのが彼だのに。人の歩調任せだなんて珍しいこったと苦笑すれば、
「〜〜〜。////////
 むむうと口許、尖らせてから。船へ帰るんだろ? だったら同じ方向だしよ。

 「こうやって首に縄つけとけって、ナミがいつだったか言ってたし。」

 迷子大王、相変わらずに信用がないらしい。船へ戻るつもりじゃあなかったが、ルフィがそのつもりだってのならばと。歩き出したその一歩がいきなり、それまでの進行方向じゃあなかったもんだから、
「そっちじゃねぇ、こっちだ。」
「いてててっっ! 耳、耳、引っ張んじゃねぇっ。」
 それは方向指示機じゃねぇよと睨んでも、全くの全然、威嚇にはなっておらず。これだもの、しょうがねぇ奴だよなと。至近にて むむうと上目遣いになるやんちゃ坊主のお顔。詰
(なじ)ってのそれだのに、妙に可愛らしく見えるから。天下の大剣豪を目指す誰かさん、内心でたじろぎながら…その胸中でぼそりと一言。

 “…終わってんな、俺。”

 今更、今更。
(苦笑) さっきまで身を置いていた雑踏は、あれほどの人で埋まっていたのに誰もいないも同然だった。誰もどれも同んなじものとしてしか視野に入っていなかった。それが今は、たった一人の誰かさんで、注意も絞られての、逆の意味からゲインは目一杯に独占されており。でかい息子さんだねぇなどという からかいの声が飛んで来るのも、殺気に満ちての尖ってはないからのことだろと。受け流せる余裕がいつの間にやら備わって。

 『ワンピースだあ? 海賊王? そんな世迷いごと、言ってんじゃねぇよ。』

 何度嘲笑されたか知れず、そして…そういう奴らを何度納得させて来たことか。苛酷な現実からの逃避なんかじゃあなくて。どんな壁でも難敵でも、諦めないで立ち向かうのは。正義だの義憤だの、そんな四角い難しいことなんか知らない。痛快なほどの単純な理屈、気に入らないからと叩き伏せてるだけ。こんな強い奴らが挑むと言ってることならば、まんざら夢じゃないと、現実に地続きなんだと思わせてくれる。

  ―― だってワクワクすんじゃんか。
      誰も見たことがないお宝や冒険。
      それをこの目で確かめたい。
      前人未踏ってところへ一番乗りしたい。

 大人ぶっての斜
(はす)に構えて。正道を嘲笑いながら踏みにじる非道を見ても、現実ってのはそんなもんだと判ったような顔をして。その実、煮える胸につい衝き動かされ、余計な敵を作りもした。狡猾な相手に軛木を嵌められ、突っ張ったまま無駄死にするとこだったのを、

  ―― なんで思ったことを まんまやんねぇんだ?

 そんな風にあっけらかんと。飛び出して来ての手を延べてくれた。大剣豪になるだなんて、誰に言っても鼻で笑われたような無謀を、立派な野望だと判ってくれた。どうしようもない破天荒船長の、一番最初にトリコになったのが自分だってのは、


  “果たして自慢になるのかねぇ。”


 馴れ合いじゃあない、でも、矜持を支えてくれた君と。こんな遠くまで来れたこと、それだけは。胸を張って喜んでいいだろと、こそりほくそ笑む剣豪だったりし。


  「何が面白れぇんだ? ゾロ。」
  「別に。あ、チョッパーじゃねぇのか? あれ。」
  「違げぇよ、あれはお飾りのトナカイ…って。」


 まさか、サンタの連れだと思われて、攫われちゃあいねぇだろなと。本気でぎょっとした船長さんに、おやまあと苦笑が洩れた剣士さんが………どうやって宥めたかは、また後段vvv





  〜Fine〜  07.12.21.


  *フランキーさんのダンスのあたりを書いていて、
   テレビの画面では丁度、小島よ○おが歌い踊っておりました。
   ある意味で“先見の明”でしょうか、尾田センセー。
   (いや、違うと思うけど。)

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